2017/03/06

子どもの不登校はこのまま続くの?不安だった私が肯定的な未来を考えられるようになった理由。

ある朝突然、子どもが「学校に行きたくない」と言ったらあなたはどうしますか?

「どうして、なんで?昨日まで行けたじゃない。誰かに意地悪されているの?」と理由を知りたがるでしょうか。

「みんな行けてるのに恥ずかしい。情けない」と厳しく叱るでしょうか。

どちらにしても真面目なあなたなら、泣いて嫌がる子どもを無理に引っ張ってでも学校に連れて行くことを選択するでしょう。

私も息子が学校に行けなくなったとき全部やりましたから、あなたのことをバカにしたり笑ったりしません。

「このままずっと不登校になるかもしれない」そんな不安と恐怖の日々から、私が肯定的に子どもの未来を考えられるようになった理由。それは子どもが変わったのではなく、親の私が変わったから。

私と息子の母子分離不安からくる不登校の体験を読んだ読者の方からリクエストをいただきましたので、今日はそんな話を書こうと思います。

学校に行きたくないというのは息子のわがままだと思っていた

「今日も学校に行きたくないと泣きわめく息子と向き合わなきゃいけないのか」

毎朝気が重くて自分の不運を呪い、ベッドから抜け出せなかった私。

「学校くらい行かなくても生きていけるんじゃない?」

そんな楽観的な考えを打ち消す、世間体を気にする道徳的でまじめな私。

なんで私ばかりこんな目にあうのか。子どもなんて産まなきゃよかった。学校に行きたくないというのは息子の甘えやわがままだと思っていました。

だから息子の性格を変える方法、学校に行かせる方法を知りたがっていたかもしれませんね、あの当時は。

不登校は、親の過干渉が原因?

子どもを叱る親

私が悩んでいた当時(10年前)は、いまのように不登校に関する情報をあたりまえのようにインターネットで検索する時代ではありませんでした。

図書館の本やカウンセラーの先生とのやりとりの中で、親の私が過干渉になっているらしいことを知りました。カウンセリングで母子分離不安という言葉を初めて聞いたんです。

過干渉になってしまうのは、泣き虫でひっこみ思案な息子が育てにくいと感じるから。

泣き虫でも寂しくても親にわがままを言わずふんばってきた自分と違うから。行動を理解できないから。

それを思い通りにコントロールしたり、私の価値観やルールで縛りつけようとしてしまう。このままじゃ息子の将来が心配だと、厳しく怒ってしまって自己嫌悪に陥る。その繰り返しです。

だったら、この過干渉をやめればいいのかと単純に思いますよね?

でも振り返ると過干渉が問題なのではなく、そうしなければ不安で育てられない親の私に原因があったんだなぁと見えてくるのです。

不登校の問題は子どもの問題ではない

え?何言ってるのって?

子どもは学校に行きたくない、行けないとしか考えていません。それなのに

「学校に行かないことで、友達に仲間はずれにされたら、いじめられたらどうしよう」


「不登校から引きこもりになって将来、進学や就職ができなかったらどうしよう」


「義母や親戚から育て方が悪いと批判されたらどうしよう」

さまざまな悪いことを想像して、不登校は問題だと決めているのはお母さん自身ですよね。

不安でいっぱいだから、早く学校に行けるようにして不安から逃げたいと必死になってしまうのです。

学校に行けるようになっても、不登校の不安はなくならない

早くこの状況から抜け出したいと思っているのに残念なことを言うようですが、不登校への不安は消えていません。

誰かは昔すぎて思い出せないのですが、すごく腑に落ちる文章を読んだことがあります。その人は夫の浮気に例えてこんなふうに書いていました。

例えば夫が浮気をした、またはギャンブルで借金をしたとします。悩んですったもんだしたあと、夫は浮気相手と別れた。まじめに働き始め借金を完済した。

こんなふうに状況は解決しても、不安はなくならないでしょ?

言われてみればそうなんです。いつか隠れて浮気するんじゃないか。またギャンブルに通って借金をするんじゃないか。

一緒に暮らす限りこういった不安はゼロにはなりません。息子の不登校も同じなんです。

いまは楽しそうに通っているけど、またいつか学校に行きたくないって言うんじゃないかと、ふとしたときに不安が蘇るのです。

子どもを認められないのは、親が自分自身を認めていないから

大事なのは不安があっても、また学校に行きたくないと言われても、それに揺れない自分でいること。必要なのはよく目にする自己肯定感です。

私がしっかり育てなきゃだめだ、そう思い込んで過干渉になるのは息子の人格を認めていなかったからなんですよね。学校に行けなくてもこの子は大丈夫だって信頼できていなかった。

心理学では「投影」と言うんだそうです。それはすなわち私が自分のことを認めていなかったことになります。簡単に言うなら自分にOKが出せなければ、子どもにもOKが出せないということです。

カウンセラーやコーチングの先生がいくら「お子さんのできたことを認めてあげて」って言っても、子どもを認めてあげる前に、まず自分が頑張っていることを認めてあげないとね。

自分の存在を受け取ることができ始めた時から、少しずつ「この子は何があっても大丈夫」「私はもうたくさん頑張ってる」と思えるようになっていた気がします。

私の顔が明るくなっていくのを感じたのか、同じように子どもの表情も明るく変わっていきました。

もう罪悪感を手放して大丈夫

息子からの手紙

子どもが学校に行けないのは母親の私のせい。きっと数えきれないほど、自分を責めましたよね?

もう十分です。その罪悪感、手放して大丈夫ですよ。

お子さんもきっと同じように「学校に行けない自分はダメな子」って責めてるはずだから。

お母さんを傷つけてしまっていることに罪悪感を感じているはずだから。

ほんとやだなぁ、自分を責めちゃうとこまで似ちゃって。しょうがないよね、私の子どもだもんね。

不安になるとすぐ泣くところも同じだね。しょうがないよね、私の子どもだもんね。

お母さんは学校に行きたくない自分でも愛してくれているだろうか。試されていたのは親の私だったのかもしれません。

頑張っている自分を褒めて認めてあげてくださいね。

うんうん、私もここまで書ききった自分を褒めたいと思います。

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